拡張するからおもしろい!
― ピタゴラスの定理の拡張のしかた ―
定理・証明・定理・証明・・・と続く数学はなじめませんでした。なぜその定理が出てくるのか書いてなかったからです。
そこで「証明する数学」に対して、「拡張する数学」を対置しました。「拡張する数学」は発見や創造を伴います。新発見でなくても再発見があります。どちらも喜びを生み出します。
私が数学をやろうと考える時は、これを証明してみようという時ではなく、これは拡張できるのではないかと感じた時です。
「もしかしたらこうなるのではないか」
「このことにも当てはまるのではないか」
「こうしたらどうなるのだろう」
こういう問いかけをマスターした人は、拡張する方法を身につけた人と言ってもいいと思います。拡張の中に発見の道筋を見いだす方法をマスターしてしまえば、証明も必然的に伴ってきます。
ここで、ピタゴラスの定理の拡張を例にして、数学における拡張から発見する方法を考えてみます。
「拡張するという考え方」が豊かな数学を創り出すことを体験できると思います。
「直角三角形において、a2=b2+c2」
この有名な定理を拡張します。どういう方向に拡張するのかを順番に考えていきます。
(1)直角三角形で、正方形以外の別の形でいえないか
原型を「くずす」「はずす」「ずらす」(メタモルフォーゼ)という発想です。
○ヒポクラテスの定理
ピタゴラスの定理は、正方形以外でも相似形ならどんな形でも成立します。まず考えるのは円でしょう。
円を描いてみます。大半円=中半円+小半円。でも、これは当たり前すぎて面白くありません。
ところが、この図を見ていると面白いことに気がつきます。
下の半円を上に持ってくると、上の白い弓形の部分は両方に重なっています。だから、これを双方からとった残りの部分も等しいことがすぐにわかります。
つまり、
「黄色の二つの月=直角三角形」
これが、ヒポクラテスの定理です。
これは、とてもきれいな定理です。そして、円の面積が三角形になるという点で意外性もあります。
○パップスの定理
「ずらす」
円の次は長方形です。直角三角形なら正方形を半分にしても成立することがわかっています。では、半分よりももっと小さくした場合、他の長方形の比率はどうなってくるのでしょうか。
この図のようにEをとると、同じ比率の長方形が自然にできてピタゴラスの定理が成立します。
「水色の平行四辺形=二つのクリーム色の平行四辺形の和」
「はずす」
この図を見ると、平行線の等積変換で簡単に証明できます。とすれば、平行四辺形にしても成立するのではないかと感じます。
そこで、Dをずらして長方形であることをはずしてみます。平行四辺形でも成立します。さらにAを動かすと、直角三角形でなくなってしまいます。でも、上の関係は成立しています。
つまり、一般の三角形にも当てはまることがわかります。これは、ピタゴラスの定理の証明の時に使う等積変形を一般化したものといえます。
(2)一般の三角形でも同じ様なことがいえないか
○余弦定理
次は「一般化」という拡張です。
つまり、直角三角形を一般の三角形にしたらどうなるのだろうと考えます。正方形では成り立ちませんが、一つを長方形にすれば成り立つはずです。どんな長方形になるのでしょうか。
角Cが鋭角の場合と鈍角の場合に分けて調べます。
≪鋭角の場合≫
辺ACに対してBから垂線を引きます。d=LC、h=BL
c2=(b−d)2+h2
a2=d2+h2
c2=(b−d)2+a2−d2
=a2+b2−2bd
≪鈍角の場合≫
右図。同様にして、
c2=(b+d)2+a2−d2
=a2+b2+2bd
図的な意味も自然で、「三角形の各辺の長方形+正方形=正方形」ときれいに表わされます。
そして、三角関数を使うと一つの式にできます。
c2=a2+b2−2bd
d=acosC なので、
「c2=a2+b2−2ab・cosC」
この定理はとても簡単で、図形的な意味も自然です。
でも、長方形になるところがくずれ過ぎです。あくまで正方形になるようにするにはどうしたらいいのでしょうか。
余弦定理は二つあって式が対称であることに注目します。
○中線定理
三角形を二つにわけて余弦定理を使います。中線を引くと二つに分かれます。
そして、中線で分けた二つの三角形に、余弦定理を当てはめます。
a2=c2+d2−2eg
b2=c2+d2+2eg
二つの式をたすと、
a2+b2=2(e2+d2)
「クリーム色の二つの正方形の和=水色の正方形と中線の正方形の和の2倍」
この定理は中線の長方形が出てきて、図的にはきれいではありません。ところが、図をよく見るとQNをGHに移すことができそうであることに気がつきます。
→GeoGebra【拡張のシュミレーション・・・直角三角形でなくてもピタゴラスの定理が成り立つ】 【証明】
○中線定理の拡張
「四平方の定理」と名前をつけようと思ったのですが、これはすでにあるので使えません。
(ラグランジュの四平方の定理。この方向も一つの拡張です。)
とにかく、中線定理からもっと図形的な意味を持った定理が浮かび上がりました。自然な形で4つの正方形が出てきます。しかも、これはどんどん拡げていくことができます。
上の中線定理で、△GCHと△QONが合同であることはすぐに証明できます。今度は、二つの正方形を四つ合わせて一つの正方形にします。
もう一つの証明
△ABCをCを中心に90度反時計回りに回転させます。
そうすると、△MCHができ、CHは中線になります。
よって、中線定理が使えます。GH=dとすれば、
c2+d2=2(a2+b2)
「二つの水色の正方形=2×二つのクリーム色の正方形」
鋭角三角形についても同様にいえます。
S:本当に拡張になっているの?
△ABCを直角三角形としてみましょう。
そうすると、二つの三角形は合同になり、ピタゴラスの定理がいえます。
これは、中点定理をより視覚的にしたものです。
三角形と正方形の作る三角形の間に不思議な関係が浮かび上がります。
これを見ると四つの正方形がでてくるので、三角形をさらに四角形に拡張することができそうな気がしてきます。
(3)三角形を四角形にできないか
四角形の周りにそれぞれの辺を一辺とする正方形を作ります。すると、中線定理の拡張が使えることに気がつきます。
○中線定理の拡張の拡張
中線定理の拡張をそれぞれの三角形にあてはめると、
D+b2=2(A+@)
E+a2=2(A+B)
F+b2=2(B+C)
G+a2=2(@+C)
「4(@+A+B+C)
=D+E+F+G+2(a2+b2)」
一般の四角形についても、各辺を一辺とする正方形の面積の間にはちゃんとした関係があることがわかりますね。
S:でも、この定理からピタゴラスの定理がいえるんですか?
真ん中の黄色い四角形を長方形にすれば、水色の正方形とa2とb2は全て合同になり、ピンクの正方形も合同となって、4×(2@+2A)=8D
したがって、 @+A=Dとなります。
○トレミーの定理
円の直径は直角三角形を自然に作ります。長方形を作ると二つの合同な直角三角形ができます。
ピタゴラスの定理を、対辺の積と対角線の積に変えても成立します。
では、長方形を四角形に変化させるとこの関係は壊れてしまうのでしょうか。
内接四角形ABCDで、
BからACに∠ABD=∠EBCとなるようにEをとります。
すると、相似三角形が二つ見つかります。
△ABD∽△EBC、△ABE∽△DBC なので、
AE・BD=AB・CD
+)CE・BD=BC・DA
BD・(AE+CE)=AB・CD+DA・BC
よって、
「BD・AC=AB・CD+DA・BC」
なんと、成り立ってしまうのです。
(4)次元を大きくしたらどうなるか
2次元から3次元へと拡げます。右図により、
「対角線の長さ=」
この関係は、次元をどれだけ拡げても成り立ちます。
(5)指数を拡げる
フェルマーは、「an+bn=cn」のnを、2から3、4・・・と拡げていったらどうなるのだろうと考えました。そして、3以上は成立しないのではないかと予想しました。
「nが3以上の自然数ならば、
an+bn=cn となる整数a,b,cの組は存在しない」
いわゆるフェルマーの最終定理です。1995年にワイルズ博士が証明しました。
(6)表現の拡張(別の表現)
別の表わし方です。例えば、三角関数を用いて表わすとどうなるのでしょうか。
ピタゴラスの定理を使うと、(c/a)2+(b/a)2=(b2+c2)/a2=1
よって、
「sin2x+cos2x=1」
ここにあげたのはほんの一例です。ピタゴラスの定理の証明は100通り以上あるといわれています。ということはまだ他の拡張のしかたがあるということでしょう。
GeoGebraで動かしながら拡張してみよう。ここに出てくる拡張の定理が全て出てきます。⇒【ピタゴラスの定理の拡張】
さらに和算でも⇒【石原光衛門の問題】
参考文献
【コマネチ大学数学科(ヒルベルト空間)】
【作図ソフトGCWin】ここで使った図は全てこのソフトを使って作図しました。動かして確かめられるし、面積も求めることができとても役立ちました。
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