「ピアジェ」の理解の仕方

――学力調査から何がわかるか――

1、割合の問題

 私たちはよくレディネス・テストと称して、子どもたちの「学力」を調査をする。
 ここに、「数学でどこでつまずいたのか」のアンケートを、高校生に聞いた結果がある。つまずいた学年は、なんと小学校2年であった。確か以前は、小4だったような気がする。そして、そのつまずいた内容は、分数と割合(速度も含む)が一番多かった。
 割合については、大人にとっても理解しづらい所である。でも、消費税は5%か7%かといわれている社会で、割合がわからないということは人権問題であると、真剣に考えてみえる先生もいる。その先生はこんな調査もした。

問1-------------------------------------------------
  2gのペットボトルに20%の食塩水が入っている。
  この食塩水を1gのペットボトル2本に分けた。
  それぞれ何%の食塩水になったか?
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 10%と答えた生徒が一番多かった。これをどう考えるか。

A.生徒たちは割合について全くわかっていない。
B.割合を足し算できると考えている。
 だから、もう一度割合を徹底的に教えなければならないと考えてしまう。

 しかし、もうひとつの分析も成り立つ。例えば、これを食塩水でなくジュースとしたらどうだろうか。

問2-------------------------------------------------------
   2gのペットボトルに果汁20%のジュースが入っている。
   このジュースを1gのペットボトル2本に分けた。
   それぞれ何%のジュースになったか?
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 このように変えると、わかる生徒が格段と多くなってくる。これはどう分析したらいいのだろうか。

A.割合がわかっていないのではなく、状況がわかっていないのではないか。20%の食塩水がイメージできない。
B.ジュースと食塩水の濃度が同じことであることがわかっていない。

 食塩水をジュースに変えただけで、どうしてこんなに違ってくるのだろうか。それは、食塩水よりもジュースの方がずっと身近で、度々飲んでいるからだ。そうすると、問1と問2の違いは、対象(教材)のイメージの違いということになり、生徒本人が割合をわかっているかどうかではなくなってくる。

 実はこのことは、心理学の世界でもたびたび取り上げられる問題である。例えば、有名な「ピアジェの保存則」についての実験がある。


2、ピアジェの「量の保存の法則」についての実験

問3-----------------------------------------------------
   2つの同じ大きさの容器に入れた同じ量の水の片方を、
   細長い容器に移し替えます。水の量は同じですか?
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 これを4〜5才の子どもに聞くと、多くの子が細長い方が多いと答える。
 ここからピアジェは、6才未満の幼児には数量の保存ができないと主張した。
 ところが、その後、様々な研究者がもっと子どもに密着した楽しい実験をしたところ、「保存の法則」もすでに4ヶ月の赤ちゃんで見られることが明らかになってきた。

 問3も、その子が保存の法則を理解していないのではなく、むしろ課題の方に問題があるということを示している。課題が身近でなく、イメージできないだけなのだ。
 子どもにとって、デブよりものっぽの方が大きく見えるのだろう。理論的にいえば、デブは幅の2乗に比例し、のっぽは高さに比例しているからだ。
 私も小学校で教えていた時、保存則がわかっていない年齢なのだからしかたがないと考えていた。深く反省している。

 同様に、「サリーとアン課題」という、人が相手の立場に立って考えることができるのは何才ぐらいか調べた実験がある。
 ピアジェも同様の実験をしていて、4・5才児は、自分の反対側から見た風景を示すことができず、したがって、自己中心的である(他人は自分と同じ様に見えるはずと考え、他人の視点でながめることができない)と考えた。


3、心の理論

問4-------------------------------------------------------------
   サリーとアンが、部屋で一緒に遊んでいました。
   サリーはボールを、かごの中に入れて部屋を出て行きました。
   サリーがいない間に、アンがボールを別の箱の中に移しました。
   サリーが部屋に戻ってきました。
   「サリーはボールを取り出そうと、最初にどこを探すでしょう?」
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 この質問に対して、4才未満の子はほとんどが箱の中と答えた。

 そこで、4才未満の子どもは、“他者が自分とは違う信念を持っているということを理解する”という、「心の理論」が獲得されていないとされていた。
 ところが、最近の研究では、15ヶ月児でも、幼児の注視時間に注目することにより、「心の理論」を持っているということが示されている。「サリーとアン課題」は、絵を見せて言葉で質問するのであり、実際の人間が演じて見せた時は違う結果が出たのだ。

 これは、子どもは自己中心ではなく、すでに生まれながらにして他者になってみるという能力が備わっていることを示している。
 つまり、他者の立場に立つという「イマジネーション」の能力が備わっている。
 もっといえば、「他者になってみる」というシミュレーションができ、他者と共感できることを示している。(ミラーニューロンの発見)
 これは、進化の立場から考えるとわかりやすい。つまり、ヒトが人になったのは、「共感による知」が発達したからだ。ヒトの進化は、「共感」をベースに「他者と協働する知能」を獲得する歴史であったといえる。

 しかし、これについては異論のある方もあるかもしれない。例えば、いじめなどを見ると、相手の立場に立てない子が多くなっているのではないか。
 しかし、相手を攻撃してしまうのは相手の立場に立てないからではない。相手の気持ちをよく読んでいて攻撃をしている場合もある。これは別の現象でなのである。

 少しテーマを拡げすぎた。最初の問題に戻すと、その問題が解けないからといって、そういう思考がないわけではない。思考や認識は、「対象」と密接につながっている。それは、私たちの脳がそれらの「対象」と関係をつくり、その関係に働きかけるという性質を持っている所から来ている。


4、理解と対象(教材)との関係性

 ここに「わかる」ということの大きなヒントがある。

(1)まず、今まで出てきた課題における教材を「対象」と定義しよう。
(2)その対象を、自分自身がどのイメージならわかるのかを見つけることから始まる。
  だから、レディネス・テストは、その子にとってどのイメージならわかるのかを探すものでなくてはいけない。
(3)次に、その自分がわかっている状況をどう拡げるのか。自分がすでにわかっていることと結びつけること。
(4)そのためには、その対象をより自分にひきつけて観察し、これは自分の知っていることと同じことだと気がつくこと。
 (アナロジー)

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   わかっているイメージ
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       ↓
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   それは拡げることができる(アナロジー・トレーニング)
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       ↓
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   自分のイメージを広げていくことが理解することである
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       ↓
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   ところが子どもたちは自分に自信がなく、
   知識を溜め込むことがわかるということだと思っている。
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       ↓
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   対象(食塩水)の実在感を感じる
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       ↓
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   対象をどうとらえるか
   身近で好きなものに置き換えができる
   食塩水20%は果汁20%と同じことだ
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 私たちのできること
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   その子にとって割合を理解できるベースとなる対象を見つける
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   対象の実在感を持たせる工夫
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   アナロジー・トレーニング
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参考文献
佐伯胖「イメージ化による知識と学習」

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