マジックと教育

― ふりこめ詐欺になぜ騙されるのか? ―

 最初に、課題をはっきりさせておきます。
A、「マジック」と「ふりこめ詐欺」は違うのか? マジックは人を騙すこと?
B、人はなぜ「ふりこめ詐欺」に騙されるのか?
C、それらを踏まえて、マジックは教育にどうつながるか?
 

1、マジックに興味を持った生徒

 K君はマジックに興味を持ち、私の所へやり方を聞きにくるようになりました。それは、私がマジックをたびたびやるからです。昔から生徒とつながるために、時々マジックをやっています。でも、専門家から教わったわけでなく自己流にやっているだけなのです。
 だから何度も聞きにくるので、ネタがだんだん無くなってきました。すると、K君は図書館から手品の本を借りてきたのです。私に読んでネタを増やして教えてくれと言うわけです。

 この本を読んでみると、マジックのやり方が説明してあります。でも簡単で、直ぐにネタがばれそうで、面白そうではありません。
 そこで、別の本(人はなぜ簡単に騙されるのか ゆうきとも著)を借りてきて読んでみました。ところがK君の本と同じマジックが書いてあるのです。「同じじゃないか」と思いながら読んでいくと、違うのです。これならきっと皆がびっくりすると思わせるのです。そして、K君の持って来た本に書いてあった簡単なネタの方が面白くて、まさにマジックという感じがするのです。そこで、早速やってみます。なるほど、簡単なほど面白いようです。

 どうやら私は、マジックの「トリック」だけに偏っていて、トリックの面白そうなものや、複雑なものだけを見ていたようです。マジックの面白さはトリックだけではなかったのです。
 ここに書いてある大事なポイントは、一つは相手がどう考えるのかを考えること。二つ目はコミュニケーションが大切であることです。相手がどう考えるかと想像することこそまさにコミュニケーションであると言えるのかもしれません。

例1 思った数字を前もって当てるというマジック

「本を使った面白い実験をするよ。1から4までの数を選んでみて。」
「3。」
「そうだと思っていた。この本の3ページ目を開いてみて。」
3ページ目を開くとメモに「あなたは3を選ぶ。」と書いてあります。
そうすると、その人は別のページを見ます。もちろんメモは入っていません。

 なんだ。こんなトリックなら簡単すぎる。直ぐにわかってしまうと思っていました。ところが、けっこう奥が深いのです。初めに書いておく紙をどこに置いたらいいのかいろいろ考えます。どうしたら自然に思えるか。それが面白い。
 しかもこのマジックは、「刑事コロンボ」でコロンボがやっていたのを思い出しました。電話をかけた相手の部下に数字を言わせ「そうくると思っていた。電話の下を見てごらん。」部下が電話の下を見ると、紙が置いてある。その紙を開くと自分の言った数字が書いてあった。

○自然に思考する。せりふはあくまで自然に。しかもうそを決してつかない。

 マジックを嘘ごとだと思っていたら大違いです。決して嘘をついてはいけません。その代わり、その人がどう思うのか、どう考えるのかを予測し、事実で誘導するのです。
 さっきの例で言うと、きっと本の2ページ目や4ページ目を見ます。そのときにどうしたらいいのか。それを考えて予想を立て種を仕込むのがマジックなのです。


2、マジックを教えてもなかなかできない

 K君は熱心に聞いて練習もするのですが、なかなかうまくできません。なぜできないのかというと、相手との駆け引きの肝心な所がわからないのです。
 例えばマジックの順番はわかるのですが、相手の気持ちや心の動きがわかりません。だからどのように演技をしたらいいのか考えられません。つまり、K君は私と同じ様にマジックはトリックで、技を磨けば良いと思っているようなのです。

 この本にはマジックのポイントが書いてあります。

「マジックは、@トリック Aマニュアル Bコミュニケーション能力 が大事」

 発達心理学に「心の理論」という概念があります。他人と私は考えていることが違うのだということを自覚していることが、対人関係において大事であるということです。マジックは、この「心の理論」が構築されていないとできません。
 トリックだけ分かっても順番が分らないとだめ。順番もトリックも分ってもコミュニケーションができないとだめ。もっと大事なのは空気を読むこと、自分の体を知ること、体がしなやかに動くことは理屈ではありません。トレーニングが必要となります。
 ちなみに会話はもっとも大事で、このとき嘘を言ってはいけません。嘘を言わないで相手の心理を誘導するのです。


3、マジックから学べること

 「マジックは相手を騙すことではない」と書いてあってびっくりしました。この本にはマジックを次のように定義しています。
「マジックは、思考自体をコントロールして実際には起こっていないことを、さも起こったかのように思い込ませる芸能。」
 なるほど、確かに騙す事ではないですね。こちらのパフォーマンスで相手の思考をコントロールするということは、授業でもできそうです。実際にマジックをやったときの生徒の反応は次の様に分かれます。

(1)必ずトリックがあるはずだと思って見破ろうとする子
(2)率直にびっくりする子
(3)意味が分らない子

(1)の子には簡単なトリックだと見破られてしまいます。でも、こういう子が科学的な思考ができる子だとか思ってしまうのも短絡的です。えてして、こういう子が振り込め詐欺などに騙されてしまうものなのです。だって、トリックがわからないときには、逆に信じてしまうからです。
(2)の子は騙され易い子だと考えてはいけません。人を信頼するからこそ、人を鋭く見つめるものです。人をよく観察する人は騙されにくい人であると言ってもいいでしょう。つまり、人を信頼する人の方が騙されにくいといえます。
(3)これがコミュニケーションの大事なところです。ちなみに、わたしはマギー司郎のマジックが大好きです。


○スイッチの切り替えをしてあげる

 さて、マジックをやっていると、いつまでも、そこにこだわっている子もいます。こだわっていては通常の世界に戻れません。だから、マジックの最後は、スイッチの切り替えをして、もとの世界に戻さなくてはいけません。どうやってスイッチの切り替えをしたらいいのでしょうか。
 つまり、マジックは切り替えまでやってマジックだということなのです。


4、ふりこめ詐欺になぜ騙されるのか?

 私がずいぶん前から不思議に思っていたのは、「ふりこめ詐欺」に騙されまいとしても騙されてしまう人がいるのはなぜなのかということです。
 この場合、騙されまいとしても騙されてしまうのは、誰でも持っている不安を利用する卑劣な犯罪で、マジックとはまったく別のものなのですが、今までのマジックの考え方を使うと、なぜ騙されるのかがおぼろげながらわかってきます。
 まず、騙されまいとしても騙されるマジックは人の心理をうまくつきます。「ふりこめ詐欺」もこの人の心理を利用していると思うのです。例えば、騙されまいという人には、そこを突く話をすれば良い訳です。つまり、人は無意識のうちに信じる習性があるようなのです。その心理とは、人は信じるようにできているということです。
 つまり、
○「人は信じるようにできている」と言っても良いようです。これは、進化心理学という学問が明らかにしていることです。これについては【実験で解き明かす!心に潜むしくみ】を見てください。
 人類は単独ではなく集団をつくって進化してきました。集団をつくって生きていくためには、「その集団内で」お互いを信じるということが基本になります。
 「ふりこめ詐欺」に騙されるのは、同一の集団の中で、相手の言うことを無意識のうちに信頼してしまうという人間の無意識の心理が働いているといっても良いのかもしれません。

 この考え方を使うと、人がなぜ「間違い」をするのかもわかります。それは、ある一つの概念を自分なりに理解しているからです。もっと言えば、自分なりに思い込んでいるからです。
 そうすると、「間違い」は理解をしようとした結果であり、無意識の思考だといえます。私たちはこの無意識の思考をもっと自覚する必要があるのかもしれません。


5、最後に、一つ数学マジックを紹介して終わります

(1)このマジックは、裏が白と表が赤の小さな正方形を36枚用意します。
(2)最初に、誰かに25枚のカードを5×5の正方形に並べます。その時、裏表は好きなように選びながら並べてもらいます。その間、私は見ていません。
(3)準備ができたら、私が残りの11枚のカードを左と下側にすばやく並べ、6×6のマトリックスにします。このマトリックスは白と赤が適当に混ざったパターンをしています。これで準備はOKです。
(4)さて、誰かにどこか一枚を裏返してもらいます。その裏返したカードがどれかを当てるのです。もちろん私は見ていませんが、簡単にどれを裏返したのか分かります。さて、どうやって当てるのでしょうか?

 どうやったらできるのか知りたい方は次の参考文献を見てください。

参考文献 【『コンピュータを使わない情報教育 アンプラグドコンピュータサイエンス』監訳者:兼宗進
参考文献 【人はなぜ簡単に騙されるのか ゆうきとも著 新潮新書】



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