うむしめし・へぼめし

一合雑炊・二合粥・三合飯に四合寿し・五合餅なら誰でも食う
 これは往時、成人の一食に摂る主食の量を夫々の条件によって異なることを表わした俗言である。
毎餉毎餉稗のめしのオンパレード、生産性の低い然も天候に左右される不確な農作業の明け暮れ。
たまには変わったものが食ってみたいなーと、家族の気持ちを察してか、おふくろはさかなめしなるものを炊いてくれた。
また、五節句や農休日などにも、まづ強飯(こわめし)かこのさかなめしであった。
海魚の生ものは全く入手できなかった時代なので近辺の川で獲れるアマゴ・イワナが主になったのであるが、 これとて魚釣りを趣味とする人に依頼し、限られた量とまた相応の金銭を支払わねばならないのでおいそれと取り付くこともできなかった。
 そこで、海魚の干物(煮干し)時には鮭缶(あけぼの)を使って、さかなめしを炊いてくれた。
煮干しの場合に限ぎって、どこの家庭でも大量に購入してあるので、さかなめしの具には素早く対応できた。
 まず、必要量の煮干しの頭と胴体の部分にほぐし、頭と骨、腸わたは除去し、肉の部分を更に細かくほぐし、 牛蒡、人参、油揚げ、干し椎茸を混入して具を作る。
兎にも角にも五目であるが主たるものは煮干し(さかな)である。
たまさかのさかなめしなので、みんなみな腹を抱える程食ったというより胃袋に詰め込んだ。
さかなめし三合というのは大人も子どももひっくるめていうのであって、大人の場合は悠に七・八合、時には一升位食った。
「おう、たまにゃうむしめしが食ってみたいなーよ。」
と、昔のことを思い出して、家内が味を整えて作ってくれるが、はしかくて(もさもさしている)一合どころか五勺の量も容易には喉を通さない。
あの昭和の中頃、食材が自家の台所に限られていた時、おふくろは、手まめ小まめに煮干しをほぐし、 さかなめしなるものを作ってくれたその根気と知恵、飽食の現代に伝えた食の一品である。

SCN1052.jpg(67479 byte) キイロスズメバチの巣SCN1072.jpg(69348 byte)

 また、此の在に”かんす八月へぼ九月”という言い伝えがある。
かんすというのは所によってはスズメバチといい、 子どもが遠足などに行って突然大群に襲われ、病院へ入院し手当を受けたかと報道される大柄な蜂のことである。
この蜂は屋根の妻とか高い木の枝、或いは断崖の高い所に大きな徳利状の巣をかける。
一方へぼ(たこぶと呼ぶ人もいる)は地中に穴を掘って空間を作り、これも亦大きな徳利状の巣を作る。
要するにかんすは八月に一番巣が大きくなり、子蜂育成の最盛期であり、へぼは九月その季節ということである。
両者共山家の食生活に関わりがあり、今日に於いても季節の嗜好としてその道の通は鵜目鷹の目で山野を探し求め食膳にのせる。
かんすは先述の様に高所に巣を営み蜂自体も大きいので容易に発見できる。
さて、その巣取りであるが、巣に異物が近付くと集団で襲うので、一分の隙も無い様に全身を完全武装し、徳利状の巣をすっぽりと袋に取り込む。
群がりよる蜂をしり目に場所を移し、袋の中の成虫は殺虫剤で除去し、巣をほぐして幾重にもなっている巣穴から幼虫を叩き出したり抜き取ったりする。
幼虫(蛹)もまた大柄なので一巣で一升も二升も取り出せる。
この幼虫即ち蜂の子を酒、醤油、砂糖で炒る様に煮しめ、酒の肴や副食に供する。
幼虫は親の運んできた虫や動物の屍肉を餌としているので、その妙なる味たるや実に口に余るものがある。
一方へぼ(地蜂)は蜜蜂程の大きさで草むらの地中一個所に穴を開けて出入りしているので巣の発見が容易ではない。
所によっては蛙の肉や鶏肉などを使って働き蜂をおびき寄せ、 蜂の作った肉の固まりに真綿を付着させて飛来の方向を見定め巣に至る細かい芸で獲っているのをTVで見たことがあるが、 この道の通は空を飛んでいる小さな蜂の選別から、それが巣から出た蜂なのか、巣に帰る蜂なのか容易に見分けられ、 落下したあたりに見当をつけ巣に至る特技を持っている。
巣穴を発見すると、セルロイド、筒花火などを点火させて巣穴に突っ込み、硝煙を巣の中に充満させて成虫を麻痺させてから地面を掘って巣を取り出す。
幾重にも重なり合っている巣の一枚一枚の室から指先で或いは縫い針を使って幼虫を抜き取る誠に気長で根気のいる作業を家族ですすめていく。
蛆形態のものから成虫になりかけのもの様々。
さて、これをかんすと同じく酒、醤油、砂糖で煮しめるのであるが、幼虫の水分を限りなく発散させねば蛆の形態がそのまま残るので扁平になるまで炒る様に煮るのがコツである。
このへぼだけを飯に炊き込んだものをへぼめしという。
原型は伴わないといっても、或程度は蛆虫の形を保っているので見た目だけで敬遠しなさる方もおられるが、 その馥郁たる味は正に食欲の秋(へぼ九月)にふさわしく親父おふくろの合作古今伝授の味覚である。

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