おせち料理と山家雑煮
歳末になると、どこの家でも餅搗きが始まる。
正月の前哨戦とも思わせる様に
一度にどっと杵の音。
おふくろが独り言に「正月は餅が何よりのごっつおじゃでなー。」と、そのおっ母に、おっ父は、
暮れの二十九日を除いた前後に必ず餅搗く日を設定していた。
雪の中で迎える山家の正月「わんだ子供は年の数だけ雑煮を食わにや、大きゅうなれんぞよ。」と、
この時ばかりは余計食うことを強いたおふくろであった。煮干しでだしを出した溜まり汁、
青い野菜が無いので大根を薄く三角に切ったものと一緒に大鍋にたっぷりと煮詰めて、
ゆるいの金輪にかけられている。
その中へ家族案分の餅が投げ込まれる。おふくろが頃を見計らって鍋の蓋を取れば、些
かの形の乱れもない雑煮が姿を表した。
家族めいめいが箱膳の前につくばって、
長上からよそうおふくろの手許を見つめていた。
一椀に一個乃至二個、そして薄く切った豆腐の煮しめが乗せられ次から次へと、
兄弟の年の数相応の餅が又大禍に投人されていった。
おせち料理
おせち料理はおふくろが、ありったけの知恵をしぼって、年間の季節に作る惣菜をここに凝集した様なもので、
山家料理のオンパレードの感があった。食材は春先から採ってたばって置いた山の物、保存のきく野菜、そして蒟蒻・豆腐が主で、
それにおまじないの様に、海のものとしての干物・塩物がこれら山の幸の中に混じっていた。
特に豆腐は各戸毎に豆腐挽きの日が設定され二箱・三箱と作られた。
食材
●山のもの
・わらび・ぜんまい・茸類・山竹の子
●野菜
・大根・人参・牛蒡・ジヤガ芋・里芋・山芋・豆類
●加工品
・豆腐・蒟蒻・麩・油ば
●海のもの
・干し鰯・田作り・数の子・昆布・ひじき
山の物・野菜・加工品・そして海の物の昆布、ひじきはすべて自家製の溜まりで煮しめられていたし、
物によっては和えものに作られていた。特に正月は海の物の田作り・数の子も顔を見せたが、何といっても、
干し鰯はお頭付きといって貴重な海の幸として、めでたい正月には欠くことのできない食品であった。
●和えもの
・白和え(ぜんまい・わらび・牛蒡・人参・大根・椎茸)
・酢和え(大根・大根切り干し)
・ゴマ和え(ジャガ芋・大根千切り・白菜・茸類)
・芥子和え(百合根・きくらげ)
●つけ揚げ(天ぷら)
昧付きのころもを使った精進揚げ様のもの
・ジャガ芋・さつま芋・レンコン・牛蒡・人参・干し柿
●鰊ずし
しかし、鰊ずしはおせち料理にもまかり出ておったが、おふくろがこの期に合わせてねさせたんか、最高の一品であった。
●黍餅
黍餅は黍の実を粉にして餅米に混入して搗いたものやら、実そのままを搗き込んだものもあった。
後者を目くまし餅といって、黍餅の相を呈していながら、
口中にするとボツポツとした舌ざわりに、味わいがあり喜ばれた。
黍とは実はマッチの頭ぐらいの大きさで赤茶色、餅、団子を作ると記されている。
昔、本村ではどの農家も黍餅用、団子用として相当量作られていたし、黍殻は欠くことのできない
室内の清掃用の帚に姿を変えた。
●粟餅
栗は胡麻の実よりも、もっと小さい粒子で薄い黄色をしていた。餅に搗き込んで糧をふくらませる雑穀で粥などにも使われた。
淡泊な昧で餅のねばり気を損ない余り喜ばれない餅でもあったが、食の為、貧しい農民の寒さに耐える姿の浮きぼりにした餅であった。
●栃餅
平成の今日でも其処此処の土産店で巾をきかしているのが栃の餅である。深山の巨木栃の木になる栃の実を調製して餅に混ぜると栃餅になる。
栃の実の調製にはそれ相当の技量と年季を要し、習ったかと言って口程には簡単にいかない代物であった。
先祖伝来の秘伝を知るおふくろによって調えられた栃の実を餅に搗き込んでできた餅が栃餅である。
□にすれば仄かな苦みと、栃の実特有のえがらかさが口中に広がって郷愁を誘う。
餅・餅・餅と数多の餅のある中で栃餅は故里の山の香をじーんと伝える傑作である。
●もんさ餅
もんさ餅とはもぐさ即ちよもぎ餅のことである。春先もぐさの新芽を摘みとって来て茹でて乾燥させ、餅の季節まで貯えておく。
餅を搗く段階で例のもぐさを湯に浸し、柔らかく戻して餅に混ぜ搗き込む。
もぐさは主婦の心掛け次第で、いくらでも摘み取れるので、おふくろはもぐさ餅というと、もぐさの固まりの中へ、
餅米をご愛想につなぎ程度に入れて、見るからに青黒く筋っぽいもんさ餅を作って食わせた。
貧しさも手伝ってか餅といえばどんな餅でも飛びついた。
●その他の餅
かす餅とは豆腐のおからと餅米とを炊いて練り合わせ作った餅のことである。
薄い塩昧カスカスした舌ざわり、今時この様なものを作ったって犬も食わまいと思う。
まあまあ、明治・大正時代に本村に生をうけた者のみが知る素寒貧の餅、一つ食わねば夕飯が食わせてもらえなかった強制連動の餅であった。
養蚕の収益が家計の一翼をになっていた頃、農家では決まって初午の前日初午だんごが作られた。
石臼で挽かれた米の粉は、かぶと鉢で練り上げられ、蚕の繭状のやや大き目の団子に丸められていった。
それを蒸籠で蒸し出来上がり、春まだき、今年の我が家の養蚕の豊作を希っての初午団子。
澄まし汁に入れて煮て、或いはいろりの灰にいけ込んで焼いて食わせてもらった。
山に木の実は落つれど、巷に季節は移り変われど、尋ね求める母は在さず、瞼に浮かぶ母の余韻、
去りましまして幾春秋、何れの餅も語り草と化してしまう日もそんなに遠くない気がする。
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