教行信証を読む

DSCN8332.jpg(550969 byte)  本典とは親鸞聖人の著書「顕浄土真実教行証文類」のことである。  何十年と一人で読んできたが、どこかで本格的に勉強してみたいと常々願っていた。
ありがたいことに、2017年に岐阜教区の若い僧侶方が「本典勉強会」を岐阜別院で計画してくださったので参加することにした。 一回3時間。一年で8回。それが3年で24日間。その3年間の跡をたどって振り返ってみたい。

 そもそもまとめてみようと思ったのは、友人から文庫版の教行信証を読み出したけどさっぱりわからないので何か解説本がないかといわれたからだ。 私も解説しようと試みたけど無理だった。だいたいほとんど忘れている。そういう自分自身のためにも、ほんの少しだけどまとめてみたい。

 「文類」が示しているように、教行信証はほとんど引用からできている。ほとんどが仏典からもので、経と論と註が引用されている。 その引用の編集によって最も独創的な思想の本が出来上がった。 だから難解な本と言っていいだろう。 だけど、引用されていることで、
「佛←→菩薩←→祖師←→私」と左(仏)から右へ仏の方便として私に届き、逆に私の方から仏に至る(仏の)智慧があることが示されている。

なお、簡単に教行信証の構造を願からまとめてみる。

教  真実の教を顕さば即ち大無量寿経是也。如来の本願を説いて経の宗致となす。
   即ち佛の名号を以て経の体となすなり。
行  大行は无碍光如来の名を称するなり。17願(選択称名の願)
信  大信は一心であり白道であり信海である。18願(念仏往生の願・往相信心の願)
   なおこの二つの願は仏の往相廻向。
証  正定聚に住する。11願(必死滅度の願)。還相の廻向は利他教化地の益。22願(還相廻向の願)
真仏土 12願(光明無量の願)。13願(寿命無量の願)
化身土 19願(至心発願の願)。20願(至心回向の願)

リンク先は日々感想を書き留めたブログと法話から。
20170327 (1)
第一回本典勉強会(表題)

20170407 (2)
第二回本典勉強会(総序)

20170529 (3)
学仏大悲心(教文類)

20170630 (4)
ファイルの整頓と「本典勉強会」(行文類)

2017年7月20日(5)この日は記録がないので書き足す。
「行巻七祖」行文類と論註を比べる
例えば善導大師
光明名号顕因縁
「悪いことをすれば地獄に落ちる」
という因果を否定しては人はどのようなことでもします。
釈尊はこの因果を否定することが一番怖いことだと言われました。
光明と名号はすべての人に当たっていたけど、
行である名号が初めて心に響いたときに、仏の光=信が私に届くのです。
人は一人で死ぬしかないけど、仏が一緒にいてくださるという全く違った人生観を得ることができます。
「仏さまが届いてくださるのか。私の人生も無駄ではなかった」と。

20170712
選択称名の願(17願)
20170522 17願はなぜ往相廻向の願なのか?

20170821 (6)
6回目の本典勉強会(行文類)
2017823 悲智円具
20160419 内因と外縁(両重因縁)

20170916 (7)
9月の本典勉強会(六字釈)

20171026 (8)
今年最後の「本典勉強会」(他力釈)
他力と自力

20180307 (9)
本典研究会「信文類」に入る
20180308  本当に食すること

20180411 (10)
4月の本典勉強会「信文類」

20180502 (11)
本典勉強会「三心釈・深信」

20180605 (12)
本典勉強会(二河白道)
20180630 嘘も方便
蜘蛛の糸をめぐる二つの物語( 二河白道・信心の道)

20180720 (13)
本典勉強会「三心即一・信心正因」

20180824 (14)
本典勉強会「信一念義」
「現生十益」
「現生十益」その2(十無益)
「現生十益」その3

20180912 (15)
本典勉強会「大悲弘普化 真成報仏恩」

20181011 (16)
逆謗摂取釈 アジャセの物語

20190312 (17)
証文類
浄土で私たちが得るさとりは、阿弥陀様のさとりと同じである。
現益(今いただくご利益)と当益(お浄土で得るご利益)
正定聚に住するは現益
滅度に至るは当益
滅度=悟りとは何か? 悟りは必ず還相(利他教化)の働きをする。  私たちも人々を救える仏になることができる。だから念仏者は尊敬される。

 この巻だったか忘れたけど、閻魔大王が念仏者を尊敬するという場面のエピソードを紹介していただいた。 閻魔さまはなぜ念仏者を尊敬するのかと閻魔さまの前でどういったら良いのかという話は決して忘れることができない。

 昔から疑問だったことを教えていただいた。 それは「御開山はどこから現生正定聚の思想に至ったのか」ということ。 現生正定聚は御開山の独特の思想であるけど、ご自身の考えのみで勝手に作り出されるような方ではない。 でも、どの文からどのように考えて現生正定聚に至られたのだろうか。 それを教えていただいた。 御開山の御苦労を思うしかない。
如来会成就文
かの国の衆生もしまさに生れんもの、 みなことごとく無上菩提を究竟し、涅槃の処に到らしめん。なにをもつてのゆゑに。 もし邪定聚および不定聚は、かの因を建立せることを了知することあたはざるがゆゑなり」
この「かの国の衆生」とは往生した人である。 続く「もしまさに生まれんもの」は此土にいるものである。 ここに現生正定聚のヒントがある。
続いて、浄土論
「もし人ただかの国土の清浄安楽なるを聞きて、剋念して生ぜんと願ぜんものと、また往生を得るものとは、 すなはち正定聚に入る」
この「また」は原文を見ると亦である。又ではない。そこに御開山は注目する。 亦と又はどう違うのか?
辞書を見ると、
A又A’ 同じことが他に引き及ぶ意。
A亦B  Aの上B(重なる)
又の方は、「往生を願い、(その結果)往生を得るものは正定聚に入る」
亦の方は、「往生を願うものと、(さらに)往生を得るものとは正定聚に入る」
となる。この娑婆で往生を願っているものも正定聚に入ることができることを示している。
「読む」ということはこういうことだということを示してくださっている。

浄土教の美しい思想(還相の菩薩)
指月の譬 ( 言葉「 指」と真実「 月」)

20190404 (18)
本典勉強会(証巻 五念門行)
他力と自力(五念門行と利他力のこと)
浄土への五つの門  ( 往生論註・五念門と五果門)

20190520 (19)
証巻終了

6月5日 (20)
(真仏土巻)
 四弘誓願    仏の三徳
衆生無辺誓願度   恩徳
煩悩無尽誓願断   断徳
法門無尽誓願知   知徳
無上菩提誓願証   
学仏大悲心

7月29日 (21)
(真仏土巻終了)
「諸行無常」の「諸行」は有為(作られたもの)
それに対して無為(作られたものではないもの)は常
世間は有為、仏身は無為の法
仏とは私を仏にすることができる力を持っている
そして何よりもそういう人を仏という。

20190822 (22)
本典勉学会「化身土文類」に入る

9月3日  (23)
(化身土巻)
三願転入
19願(諸行往生の法)→20願(自力念仏の法)→18願(他力念仏の法)
20191104
信心こそが仏さま

20191031 (24)
本典勉強会最終回
善知識とする道( 華厳経と菩提心と信心と善知識)(後序)

最初に安方師が言われたことを再度記しておく。
「なぜ私たちは本典を学ぶのですか?」
「信心を獲得するためではありません。
一つは、宗祖のご苦労を知り、報謝(報恩謝徳)のため、
もう一つは、その報謝の喜びを他に伝えるため」


    仏暦2563年(西暦2020年)7月

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