生き物の進化ゲーム    ― 確率で進化を探ろう ―

 「ゲームの理論」という数学があります。この理論を使った進化の研究は、生物の社会的な行動の進化を探るのに役立っています。蜜蜂がなぜ利他行動をとるのかを理論的に明らかにしたり、進化の研究などで大きな成果をあげています。
 ここでは、簡単な応用を考えてみます。テーマは「卵」です。卵の大きさや数を確率を使って考えてみましょう。

(1) 子ども(卵)が大人(成熟固体)になる数

【第1問】 親から子どもはどれくらい生まれるか?
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S: いろいろですよ。卵を産む動物だと100個、1000個…
S: 鮎の卵を数えたことがあります。途中で数がわからなくなってきました。
S: マンボウなんか一回の産卵で2〜3億個の卵を産むらしいよ。でも、そのほとんどは成長しきる前に他の魚に食べられてしまい、成魚になるのは1〜2匹程度だって。
S: たくさん卵を産んだ方が有利みたいだけど、少なく産む生き物がいるのはどうしてかな。
S: 数を多くすると、こんどは大きさが小さくなるからじゃない。
S: 小さいと食べられたり、栄養が少なかったり、生まれた子どもが小さかったりするから、多ければいいわけではないよ。
S: 子どもにとっては卵は大きい方がいいけど、数が少ないと食べられてしまう確率も高くなる。
S: 産みっぱなしの生き物と子どもを育てる生き物では、子どもの数が違うよ。
S: 犬だと5〜6匹。馬だと1匹。彼らは親が子どもを育てるからね。
T: つまり、生き残る確率が高くなるということですね。ところで、鳥でも、卵から孵った時、「裸の雛」が生まれる種と「羽毛の有る雛」が生まれる種の2種類が有ることを知っていますか?
S: ニワトリは羽毛が有るよ。それにヒヨコはすぐに歩き出す。スズメやツバメは裸だし、目も見えない。
S: そうだね。ニワトリは卵から孵ったらすぐ餌を食べはじめるけど、ツバメは親が餌を運んでやるね。
S: 人間はツバメタイプだね。
S: ところで、ニワトリはいろいろな種類がいるけど、卵の大きさはみんな同じみたい。
S: 鶉やツバメは卵が同じくらいですね。
S: でも、ダチョウはでかいよ。
S: 身体の大きさによって卵の大きさも決まるのかな。
T: でも、恐竜の卵の化石を見ると、そんなに大きいのはないみたいだよ。あれだけ大きな恐竜の卵がそんなに大きくないということは、限界があるみたい。
S: 魚だと、鮭の卵(イクラ)は大きいけど、タラコや鰊の卵(数の子)は小さいね。
S: 魚はだいたい産みっぱなしだね。とすると、数が多い方がいいのかな。
S: そう単純ではないよ。これはどう考えたらいいのかな。
T: きっと、卵の大きさと数には、それぞれ一番いいところがあるはずですよ。

【第2問】 (小さい)卵をたくさん産むのと、(大きい)卵を少し産むのとではどちらが有利か?
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S: たくさん産んだ方が少しぐらい食べられても生き残る確率が高いよ。
S: でも、たくさん産むという事は卵の大きさが小さくなるということだよ。小さくなると栄養が少なくなって、今度は生き残る確率が少なくなる。
T: 生き物は、卵の大きさや数をどんな戦略で決めているのかという問題ですね。では、まず卵の大きさで生き残る確率はどうなるのか考えてみましょう。
S: 卵が小さいと生存率も小さくなるけど、下に膨らむ曲線になる。大きくなると生存率は大きくなるけど、増え方は少なくなる。
S: つまり、卵が小さくなると、生存率は下に膨らみながら下がり、卵が大きくなると上に膨らみながら増えていく。
T: では、大きさSの卵1個の生存率(生き残る確率)をW(S)としてグラフにしてみましょう。

S: S字曲線になりますね。
S: これは、1個の卵の生存率だから、生存率が低くても数が多ければ、確率は高くなりますよ。
S: 逆に生存率が高い生き物は卵の数を少なくしてもいいわけだ。
S: でも、生き物の身体の大きさは決まっているから、卵の大きさをどんどん大きくできるわけではないし、卵の数をどんどん多くできるわけではないよ。
S: 卵の数が2倍になれば全体として生き残る確率も2倍になるから、生存率×個数でその個体の生き残る確率が求まるよ。
T: これを、適応度と定義しましょう。
  適応度=W(S)×N。
S: 大きさと数を含めた生き残る確率ということですね。
T: これを使って、どれくらいの大きさでどれくらいの数を産むのが一番確率が高くなるのかを計算してみます。
まず、生き物は自分の持っている資源を使って卵を作ります。このとき、生き物にとってこの資源は少なければ少ないほどいいわけです。少ない資源を有効に利用するためには次のの二通りが考えられます。

 A) N個の卵で資源hを用いて卵を大きくする戦略
 B) Sの大きさの卵で資源hを用いて卵の数を増やす戦略

S: この限られた資源のどちらに投資した方が得かを調べてみようというわけですね。
T: そうです。まず、Aの場合。
 1個当たりを求めると、hをNで分割するのだから、卵の大きさはh/Nだけ増えます。卵の大きさは?
S: S+h/N。
T: よって、卵1個あたりの生存率はW(S)からW(S+h/N)に高まります。投資すればするほど適応度は高くなるけど、投資資源は限られているから、効率を調べる必要があります。
S: 資源の増加量に対する適応度の増加量の割合を見ないとダメということですね。
S: 変化の割合だ。
T: そうです。この変化の割合は、
  (適応度の増加量)/(投資の増加量)
 =(W(S+h/N)N−W(S)N)/h
 =(W(S+h/N)−W(S))/(h/N)   ここで、h→0とすると、
 =W´(S)

S: W(S)の微分ですね。
T: つまり、W(S)の傾きが一番大きいところが一番効率がいいということがわかります。
 次はBの場合。
hの資源を使って大きさSの卵を作るのですから、卵の数はh/S個増えます。
変化の割合は、
  (適応度の増加量)/(投資の増加量)
 =(W(S)(N+h/S)−W(S)N)/h
 =(W(S)×h/S)/h
 =W(S)/S

S: つまり、原点からW(S)までの傾きが一番大きいところが一番効率がいいということだ。
S: じゃあ、大きくする場合と数を増やす場合は、どう調整するの?
T: W´(S)とW(S)/Sをそれぞれグラフに表してみます。赤い線がW´(S)で、青い線がW(S)/Sです。

T: W´(S)>W(S)/Sならば、Aの方が効率が良いわけですから、卵を大きくする方にhを投資します。すると、グラフのように右に移動します。そうすると、W´(S)<W(S)/Sになり、数を増やす方の効率が良くなるわけですから、Bの方にhを投資します。すると、卵の大きさが小さくなるので、W´(S)>W(S)/Sとなります。今度はAの方が効率が良いわけですから、卵を大きくする方に投資します。
S: 結局、W´(S)とW(S)/Sの値が一致する所に落ち着きますね。

T: そうです。W´(S)=W(S)/S この2つの式が一致するところが、最適なSの値ということになります。この式を見ると、Nは出てこないことに気がつきますね。
S: 卵の大きさは数とは関係なく決まるということになるのかな。
S: たくさん産む生き物の卵も、少なく産む生き物の卵も大きさはほぼ同じということになります。
S: では、卵の数はどう決まるのですか?
S: 資源の多い親ほど数を増やせるということになる。例えば、マンボウは身体も大きいので卵の数も増やすことができるということになる。
S: わかった。鮭の卵が身体に比べて大きいのは、自分の資源を全て卵に回して、卵をできるだけ大きく、数をできるだけ多くしているからだ。だから、鮭は卵を産むために全精力を出し切って死んでしまうんだね。
S: 生き物も経済の原理で生き残りの戦略を立てているということですね。

【第3問】 1組のオスとメスから生まれた卵(子ども)から、何匹が成熟固体(おとな)になるのだろうか。
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S: そんなのわからないよ。
S: でも、マンボウの場合は1〜2匹ということがわかっているよ。どうやって調べたのだろう。
T: 2〜3億個の卵に印をつけるわけにはいかないね。では、ここから考えてみよう。まず、もし、10匹成体になると仮定してみるんだ。そうするとどう増えていくのだろうか。
S: 前にやったね。
S: 子どもが10匹で、その子どもは100匹。その子どもは1000匹。10のn乗で増えていきます。
S: 1年に1回産卵するとしても、10年では0が10個つきますね。
S: 世界の海がマンボウだらけになってしまうよ。
S: そうか、マンボウは何万年と生きているからそんなに増えているわけではないとしたら、一組から2匹というのが増えもせず、減りもしない状態ということだね。
S: 半分に減るとしても、やがて絶滅してしまいますね。
S: ということは、1回の産卵ではなくって、その一組のマンボウが一生の間に育つ子どものマンボウは2匹ということでしょう。
T: そうですよね。マンボウが減りもせず増えもせず存在しているということは、1組のオスメスから成熟個体はやっぱり2匹ということでしょうね。
S: これを人間に当てはめると、10^1.06ぐらいで増えているわけだから、すごい増加ということがわかりますね。
S: 日本は一組の夫婦が1人しか生まなくなっているから、やがて人口が激減するってニュースでやっていたよ。
S: 1人じゃなくて1.3人ですよ。
S: 2人に2人なら数は減らないけど、1.3人ならどんどん減っていくよ。
S: 結婚していない人もいるから、2人に2人でも減ると思うな。
S: 1.3人だと、どう減っていくのだろう?
  2人で1.3人だから、1人だと0.65だよ。
  式で書くと、y=2*0.65^x
S: こんなに減っていくの?
S: このままだと日本人はいなくなりますよ。
S: でも、これは一世代だけでしょ。毎年だと値が違ってきますよね。
T: 毎年生んで次の年には死んでしまう鮭や鮎だったらこの計算通りですね。でも、人間の場合は世代がありますから少し違ってきます。

(2) 自然淘汰を計算する

【第4問】 生き物はどうやって進化しているの?
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S: 生物で習ったのだけど、ダーウィンという人が生物の進化は自然淘汰でおこなわれるって言ったのでしょう。
S: 自然淘汰ってどういうこと。
S: 生存競争をおこなって適者だけが生きのこるんだろ。
S: 適者ってなに?
S: 強いものじゃないの?
S: 一番強いライオンが生き残るっていうこと?
S: なに言っているんだ。シマウマがいなくなったらライオンは真っ先に絶滅するよ。
S: そうするとライオンが一番強いわけじゃないよな。
S: 弱肉強食というのは、自然淘汰とは違いますよ。
T: 自然淘汰というのは「生物の遺伝的性質が世代を通して変化していくこと」で、強いものが生き残るということではないよ。
  自然淘汰が起こるためには、@変異が起こり、A淘汰されて、Bその性質が多少とも遺伝することが必要だ。
S: ということは淘汰されない進化もあるということですね。
T: 変異が起きても、淘汰されないような偶然の進化もあるのでしょうね。こんな淘汰の例が新聞に載っていました。
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大きな魚だけ捕っちゃ駄目 数世代後、繁殖力が低下

 群れの中から体長の大きな魚ばかりを選んで捕り続けると、数世代後に、親の魚が生む卵の量が減ったり、幼魚が小さくなったりするなど繁殖能力が低下することが、米ニューヨーク州立大ストーニー・ブルック校と東京農業大生物産業学部(北海道網走市)の研究チームの実験で28日までに分かった。
 大きな魚が選択的に捕られたことで集団の遺伝子の構成が変わるとみられ、乱獲によって減少した漁業資源が、禁漁などの保護策でもなかなか回復しない原因の一つが明らかになった形だ。
 研究チームは、トウゴロウイワシの仲間の海水魚を、体の大きい方から90%を取り除く群と、小さい方から90%を取り除く群、規則性なく取り除く群の3つに分けて6世代にわたって実験室内で飼育。主に5世代目の魚の繁殖能力や運動能力をさまざまな方法で調べた。
            (共同通信) - 2006年1月28日17時29分
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(3) 私たちは平和に生きられるか?

【第5問】 弱肉強食って本当?
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S: でも、世界は弱肉強食だから強いものだけが生き残るっていうことを聞いたよ。
S: 戦国時代なんかそうかな。
S: 勝ち組、負け組みという言葉もあったね。
S: 平和の反対って戦争?
S: 平和の反対は暴力でしょ。
S: 暴力は身の回りにいっぱいあるよ。
S: 弱肉強食というのはダーウィンが言い出したの?
T: 違います。生物が生き残っているのは、競争よりも共同という面のほうが大きいという研究もあるくらいですから。

例えば、
【第6問】 人間は争いで殺しあうところまでいくことがあるけど、動物の場合は儀式的な喧嘩で終わる。
      これはなぜだろう?そして、なぜこういう進化をしたのだろうか?

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 この問題は、一緒に調べましょう。

  参考文献 『生き物の進化ゲーム』 酒井聡樹・高田壮則・近雅博著/共立出版
  
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