162年前との対話

和算の問題に挑戦する

神谷:もう何年前になるかな。八幡神社に私たちの算額を生徒たちと見にきてくれたのは。
上村:12年前ですね。あの時の生徒たちは27歳になっています。
神谷:生徒の中で、私の問題をやろうと考えた子はいるのかな。
上村:いや、難しくて誰もいませんでした。
神谷:あなたは私の問題に挑戦してくれたが、第一問だけで、外の問題はどうなっている?
上村:やろうとは思っていたのですが、漢文の読み取りができずにそのままでした。
神谷:お経を読んでいるのに、これくらいの漢文が読めないとは情けないのう。
上村:仕方がないので、東京の国立国会図書館から資料を借りることにしました。
神谷:江戸までわざわざ行ったのかい。
上村:いえ。インターネットで資料のコピーを申し込んだのです。申し込んでから3日ほどで届きました。もちろんお金は必要ですが。
神谷:便利な世の中になったもんじゃな。わしらの頃は、飛騨まで歩いて行ってあちこちの算額を見たものじゃ。高木先生だって、富山から歩いてきて、数日わし等の家に泊まりながら教授してくれたものじゃ。それは、そうと、問題はわかったのか?
上村:一応第一問から読み下します。→【問題の原文PDFファイル

「今図の如く、三斜(三角形)の内に界斜と二円[各径(直径)が等しい]容れる有り。只云う。中斜は257寸、小斜は68寸、界斜は40寸。問う。大斜は幾ばくぞ。
答えて曰く。大斜315寸。
術に曰く。中斜に小斜を加え、これを自乗(2乗)し而して得た数を、次の数[界斜の冪(2乗)4段(4倍)で減じて、それを平方開(平方根)すれば問いに合う大斜を得る。」

これは、以前解いています。→【算額の解法

神谷:マアいいじゃろう。「今有如図」と「問 幾何」と「答曰」「術曰」「大斜合問」は、そう書くのが決まりでな。一つの形式じゃ。で、次の問題は?
上村:「又、鉤股の内に円を容れる有り。只云う、鉤股の和は17寸。又云う、鉤股円径(直径)を各再乗冪(3乗)し、相併せて実と為し、以て弦と円径の差を除くと之を得る。数213寸。問う、弦は若干。」

大体この問題には図がないでしょう。だから、前の問題の続きと考えてしまったんだ。
神谷:それはすまん。図を描かなくても当然の問題と思っていたんじゃ。
上村:これも図を描くべきだったよ。だって、この資料(岐阜県の算額)を書いた人は、前の問題も直角三角形と思っていたようですよ。
神谷:申し訳ない。図を描く場所が無くてな。
上村:まず、鉤股がわからなかったので、インターネットで検索したら、「鉤股弦(こうこげん)の定理とは三平方の定理のことで、鉤(鉤の手)股(足の分かれ目)弦(弓の弦)とわかった。
と言うことは、現代文に直すと、
「直角三角形に内接する円があり、鉤+股=17 (鉤+股+径)÷(弦−径)=213。弦の長さはどれだけか」
神谷:そうじゃ。
上村:幾何と書かずに若干と書いたのはなぜなんですか?
神谷:「じゃっかん」ではなく「そくばく」。幾何と同じ意味だよ。
上村:「答えて曰く。弦は13寸」
 「術に曰く。只云数の自乗之を3の内に置き、又云数の2段(2倍)を減。その平方開の商を以て只云数の2段を減ずと、余りが問いに合う弦である。」

これは全然わかりませんでしたよ。
神谷:只云数が17で、又云数が213なんだ。
上村:只云数の2乗之を3段と書いていただければ、17の3倍とすぐにわかったのに。
神谷:こういう場合は3倍と決まっている。
上村:これは、4元連立方程式ですね。

 先ず、鉤股弦の定理により、鉤+股=弦・・・(1)
 問題から、鉤+股=17・・・(2)
 (鉤+股+径)÷(弦−径)=213・・・(3)
 それに、円が内接していることから、弦=17−径・・・(4)

これで解けるはずですが、問題は3次方程式になってしまうんですよね。
当時、3次方程式はどうやって解いていたんですか?
神谷:さて、どうじゃろう。
上村:術を見ると、3次方程式の公式を使ったとは思えない。
神谷:これがワシの苦労した所なんだからよく考えてみてくれ。ヒントは、問題にある。
上村:因数分解できるのかな?
・・・
できた。でも、これでは術のようにはならない。答えを求めただけだ。
神谷:術を見てごらん。現代の式に直すと、
 弦=2×17−√(3×17−2×213)だよ。
上村:と言うことは、(2×17−弦)=(3×17−2×213)・・・(7) だから2次方程式だ。2次方程式にできるということですね。
神谷:さっきヒントは問題にあるといっただろ。
(7)を公式で書くと、
 (2×(鉤+股)−弦)=3×(鉤+股)−2×(鉤+股+径)÷(弦−径)ということじゃ。これは、大きなヒントじゃろ。まず、何を求める?
上村:弦か径だけど、径の方がわかりやすそう。

 (鉤+股)=17だから
 鉤×股=(17×2×径−径)÷2・・・(5)
 (1)×(2)で3乗を作ると、
 (鉤+股)×(鉤+股)=17×(17−2×17×径+径
 鉤+股+鉤×股×(鉤+股)=17−2×17×径+17×径
 ここに(5)や(2)を代入すると、
 鉤+股=17−2×17×径+17×径−(17×2×径−径)÷2
       =(3×17×径−6×17×径+2×17)÷2・・・(6)

これを見ると、3乗は無い。
そうか、これを(3)に代入するんだ。そうすれば・・・
神谷:わかってきたようだな。
上村:現代では分母は割らずに右辺にかけて式の割り算はしないけど、当時は割り算をしたんだ。
 (6)を(3)に代入する
 (2×径+3×17×径−6×17×径+2×17)÷(−2径+17)=213×2
ボクの予想ではこれは割り切れるはず。
           −径 −2×17×径 +2×17         ・
 −2径+17 )2×径+3×17×径−6×17×径+2×17
           2×径    −17径                 ・
                  4×17径−6×17×径
                  4×17径−2×17×径      ・
                         −4×17×径+2×17
                         −4×17×径+2×17
                                      0
見事に割り切れます。
したがって、
 径+2×17×径−2×17=−213×2
   径+2×17×径+17=2×17−213×2+17
           (径+17)=3×17−231×2
                 径=√(3×17−231×2)−17
 よって、弦=2×17−√(3×17−231×2)

神谷:見事じゃ。
上村:この問題で文字を使わないことと、途中の計算をしないことでかえって分り易くなることに気がつきました。こうやって計算すると、意味がわかり、公式も見つけやすいです。
神谷:ワシらもほぼ同じように計算するが、もっと大変じゃ。+や−の記号が無いからな。でも、術も美しくないといけないのじゃ。やっと、解いてくれたのう。どうじゃ問題のできは。
上村:。(3)の意味がやっとわかりました。よく(3)に気がつきましたね
神谷:そうなんだ、それが大変だった。次は宮川さんの問題に挑戦するんじゃな。
上村:もちろんです。

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