数学をどう生きるか   生きるための確率論

1、等価変換(アナロジー)

T:(1円玉○を出して)これはアルミでできている。(10円玉●を出して)こちらは銅。違う物質からできている。ところが、このアルミ10枚と銅1枚は「同じ」といえる。何が「同じ」?
S:値段が同じ!
S:価値が同じ。        『 値段(アルミ10枚)=値段(銅1枚) 』

T:次はこの木とこのアルバムは「同じ」なんですが、何が「同じ」だと思う?
S:きっと重さだ。
T:(はかりを出して、どちらも乗せる。重さは同じ。)重さ(木)=重さ(アルバム)ですね。
 では、「明日の天気」と「10円玉」が同じというと何だろう?

    板書 『  (明日が天気になるのは50%)=  (10円玉が  )』

S:わかった!。確率だ。10円玉が表になる確率は50%だ。
S:雨が降る確率50%というのは、雨が降るのと降らないのと半々ということですか?
T:良い質問だね。でも、50%というとたいてい傘を持っていくよ。これは、その地域の50%に雨が降るといういことらしい。
S:ポツポツでも降ったことになるの?
T:それは気象庁に聞いてみようよ。

T:もう一つ例を出そう。これはアメリカの本にのっていたんだけど、「タバコの葉の代わりに爆薬が詰めてあるものが混じっている。それは18,250箱毎に一つずつ隠されている。もしそれにあたったら頭までふっとばされる。そして、実際に何人もの人が死んでいる。」 【参考文献:K.C.コール著・数学の密かな愉しみ―人間世界を数学で読む―】
S:ほんと?
S:犯人は捕まらないの?警察はどうして黙っているの?
T:この犯人は決して捕まらない。でもこの前、罰金を払わされたみたい。
S:アメリカだけでしょう?
T:いや日本でも同じようなものだと言われている。でも日本では罪にもなっていない。
S:そんな、絶対うそや。
T:実はね、ただのタバコを吸うだけでもそれだけの死人が出る。これは上の例とタバコが原因で死ぬ人の確率が同じということです。これを知ってもタバコを吸いつづけられる?(日本でタバコによる年間死亡数95000人÷年間製造のタバコの箱数=で出したもの)
S:タバコは怖いな。一生でどれくらいタバコを吸うんだろう?一日に一箱とすると・・・
S:Y先生はもう50年吸いつづけたと言っていたから、もう死ぬのかな。
S:タバコはジワジワと死んでいくよ。爆弾は瞬間に死ぬから違うよ。
S:死ぬという点では同じだろ。

2、ねうち(醜いアヒルの子の定理)

T:この様に、どんな違うものでも、その中に類似点を見つけることができる。逆に、どんな似ている物の中にも相違点を見つけることができる。例えば、この1円玉はよく似ているけど、違う点も沢山あるよ。
S:作られた年が違う。
S:傷がある。
S:光り方が違う。
T:そうですね。実はどんな二つの物を持ってきても、相違点も類似点も同じだけあるということが証明できるんです。これを醜いアヒルの子の定理といいます。 
       【参考文献:渡辺慧著・認識とパタン・岩波新書】

S:アンデルセンの「醜いアヒルの子」のこと?
T:そう。醜いアヒルの仔は実は白鳥だったけど、白鳥とアヒルはよく似ている。でも違う。醜いアヒルの子はアヒルによく似ているからいじめられたともいえる。
S:白鳥もアヒルもよく似ているもんね。泳げるし、空を飛ぶし。
T:この定理から、類似点や相違点の多少でモノを区別したり分類することができないことになる。
S:でもぼくたちはこれは似ているとか違うとか、区別したり分類したりしているよ。
T:そうだね。類似点や相違点の数は同じだけれど、より大事なことが似ているから同じと考えているんだ。つまり、ある類似(相違)点に「ねうち」をつけているんだ。
 例えば、どんな基準をもって来るかによって分け方が違ってくる。魚と鯨は?
S:海にいる動物という点では同じ。形もよく似ている。
T:ところが呼吸器を基準にすると? 
S:魚と鯨はちがう動物。魚類と哺乳類。
T:基準が違えば、分け方も違う。分類をすることは学問の始まりだから、何を基準に分けるのかということがとても重要なのです。また、できるだけ違う(同じ)ものの間に類似(相違)点を見つけることも大事だよ。
 【ex.貝を違う基準から分類すると】(「はまぐりの数学」のページへ)

3、パスカルの期待値

T:これから学習する確率は、この「ねうち」を大事にする。ここで、数学の中に「ねうち」を始めて導入した人を紹介します。彼の名前はパスカル。聞いたことがない?
S:理科でパスカルの原理というのをやったよ。paskal.jpg (13616 バイト)
S:圧力の法則だ。圧力は面積に反比例する。
T:彼の有名な言葉がある。「人間は考える葦である。」
S:生徒玄関の所にロダンの考える人があって、そのプレートにその言葉が書いてあった。
T:この絵のように鼻が大きい人ですね。16才の時に、円に内接する六角形の対応する辺を延長してできる交点は一直線上にあるということを発見した。
S:16才で!すごいね。
T:彼は「ホント」か「ウソ」かの数学に、「ねうち」が「ある」「ない」を持ちこんだ最初の人。彼は敬虔なキリスト教徒で、神への信仰を一生捧げたのです。そして、神への信仰を次の様に説明しています。
 (神の存在証明のページへ

          確率   利益    期待値
神がいる    1/2   無限大  ∞×(1/2)=∞
神がいない  1/2    0     0×(1/2)=0 

だから、私は神を信ずると言っているのです。この期待値が「ねうち」を数学的に表わしたもので、もう少し説明すると、例えば神のかわりにアタリの確率が同じ宝クジで考えると、

        当たる確率   利益(賞金)   期待値(平均値)
クジA      1/2     10万円     10(万円)×(1/2)=5万円 
クジB      1/2      0万円      0(万円)×(1/2)=0円

T:これだとどちらのくじを選ぶ?
S:Aにきまっとる。
T:Aが「神がいる」と同じなんですよ。当る確率が1/2ということは1本がアタリで1本がハズレだから、もらえる賞金の平均は5万円ということになる。でもクジBは当っても0円。
 つまり、確率×利益(ねうち)=期待値(効用)と考えることができます。

4、くじのねうちの意味

T:(割り箸で作ったクジを出して) さて、ここにクジがあります。このクジAは10本のうちにアタリが3本です。あなた、ちょっと引いてみて。kuzi2.gif (3618 バイト)
S:(おそるおそる引くがハズレ。)
T:残念。ハズレ。
S:(何人かの子が引く。賞品がないのになぜか緊張する。)
T:次のクジBは10本のうちアタリが5本。
S:当った!
T:次のクジCは10本のうちアタリは8本。
S:あれ、はずれた!どうしよう。
T:次のクジDは4本のうちアタリが0本。
S:(笑いながら)引く。
T:残念でした。ハズレ! 次のクジEは3本のうちアタリが3本。
S:(さっきはずれた子に引いてもらう。)当った!
S:アタリにきまっとるが。
T:どうですか。これらのクジを比べると何か気がつきませんか。
S:当りやすい(クジのねうちの)順番があります。
S:Eは必ず当りだし、Dは必ずはずれ。だから、E<C<B<A<Dとなっています。
T:そうですね。このように「当りやすさ」には大小があります。そして、必ず当るEのクジは100%当るので1とし、Bは50%だから0.5。Dは?
S:0です。Cは0.8。Aは0.3です。
T:つまり、「当りやすさ」は1から0までの数で表すことができます。これを確率といいます。(はずれる確率、割合表示と少数表示・・・)
kuzi1.gif (2735 バイト)
T:では、Aのクジの確率0.3とはどういう意味かを説明します。まず、クジのアタリには「ねうち」があります。この場合「ねうち」を1(万円)とします。そうすると、10本の中にアタリが3本なので、図で表わすと右の様になります。でも、クジをひく前はどれがアタリかわからないので、アタリのクジがどのクジにも同じようにあると考えると、平均することができます。

kuzi.gif (2743 バイト) これは、10人の人がこの賞金1(万円)のクジをひいて、当った人が3人なので、合計3(万円)。みんなに平均すると一人あたり0.3(万円)の賞金になるという意味です。だから、ひく前はどのクジも0.3(万円)と考える。ところが、引いた瞬間に0か1(万円)になるんです。
S:ハズレなら、0.3(万円)は意味ないじゃん。
S:実際に引く個人にとっては、アタリかハズレのどちらかでしょ。
T:個人と考えるから「ねうち」がわからなくなる。誰かが賞金をもらうのだから、人類にとっては平均で「ねうち」を考えることができるでしょ。確率は個人一人の運不運を考えるのではなく、人類全体を考えるんだよ。それに、どこかの世界の自分は当たっているかも。

T:三本のうち一本が当たりのクジを引く時、一番目に引くほうが有利か、最後に引くほうが有利か。どちらが有利だと思う?
S:最後は必ず当たるから有利です。
S:でも、それは一番目と二番目がはずれた時でしょ。
S:三人とも同じですよ。
S:一番目の人の当たる確率は1/3。二番目の人は一番目の人がはずれれば1/2。三番目の人は一番目も二番目もはずれれば、確率は1。
S:ちがうよ。一番目の人がはずれる確率は2/3だから、二番目の人は2/3の1/2だから、やっぱり1/3だ。三番目の人も2/3の1/2だからやっぱり1/3となって同じですよ。
S:図を描くともっとわかるよ。(樹形図)

S:ところで、クジを引く時に戻す時と戻さない時は違うんですか?
S:クジを戻すと、二番目の人も1/3。三番目の人も1/3。当たる確率は同じ。
T:確率は同じだよね。でも、何か違わないと思わないかい?
S:戻さない時は一人が当たるだけだけど、戻すと三人とも当たる可能性がある。そこが違う。

【参考文献:遠山啓著・数学の広場・ほるぷ出版】

T:ここに当たれば世界一周の旅の当たるクジがある。Aのクジは8本中5本当たり。Bのクジは10本中6本当たり。Cのクジは12本中7本当たり。ただし、クジは一回1万円。どのクジを選ぶ?
S:1万円も出して買わないよ。
S:でも当たるとすごい賞金だよ。
S:わたしなら買うな。だって確率は5/8だよ。全部買ったって、八万円。八万円で世界一周ができるのなら、安い。
S:・・・

5、サイコロの1が出る確率1/6とはどういう意味

T:サイコロで1の目が出る確率は1/6です。これは6本のクジで1本あたりと同じ。ではサイコロで1/6とはどういう意味?
S:サイコロを6回振ると、1回1が出るということです。
S:サイコロもクジと同じなんですか?
T:(直方体のサイコロを出して)こういうサイドタと普通のサイコロはどう違う?
S:直方体の方は1なんか出ませんよ。平等じゃない。
T:いいことを言うね。クジもサイコロも、引く前、転がす前は平等なんですよね。
S:サイドタの方は平等じゃないから1/6にはならないよ。
T:この平等と言うのが確率を考えるとき大事なんだ。さて、今度は違いをいうよ。クジだと始めからアタリという「ねうち」がついているけど、サイコロにはついていないね。それでサイコロの目にねうちをつけます。例えば1が出たらアタリ、他の目が出たら0のねうちと考えるのです。そうすると、クジと同じように考えることができます。サイコロの1の目が出たら1。あとの目は0。
S:ということは、000100というように6回で1回1が出るということになるんですね。
T:本当にそうなるのかやってみよう。
S:(サイコロを転がし始める。記録は次の様になる。)

00010001100010000000010000101001000000001000001・・・・

大数の法則
T:どうだい。6回に1回1が出ているかい?
S:そうとは限らないよ。1が三回連続で出たこともある。
T:では、1/6という数字は何を示しているの?
S:1が出る割合が1/6つまり0.166・・・になるということじゃない。
T:クジと同じように考えると、1が6つの面に平等に割り振られているとすると、一つの面のねうちは0.166・・・になるよね。実験でやった1を全部足して、投げた回数でわってみよう。
S:回数を多くしていくと、なんとなく0.16になるような気がする。
S:私たちは0.13だよ。
T:これはグラフに描いてみると見やすいよ。
S:グラフがある値に近づいていっている。
T:これは「大数の法則」といって、だんだん回数を増やしていって統計を取ると、ある一定の値になっていくということが証明できるんだ。
S:ということは6回なげると1回でるとは限らないけど、60回投げると10回の近くに、600回投げると、100回ぴったりにはならないけど、その近くになるということなんですね。
T:だいたいそういうこと。ところで、君たちが運が良いとか悪いとかいうのは、この1と0の数字の並びから説明できるんだよ。
S:1が三回続けて出るときもあれば、0が20回ぐらい続くときもある。
T:目の出方にはゆらぎがあるんだよ。
S:でも、何千回やれば割合は同じになる。
T:人生は短いから、この数列の一部分を切りとっただけなんだよ。

画鋲にも確率がある
T:画鋲を投げた時、上を向く確率は?
S:平等じゃないから、1/2とは限らないね。これは確率がわかりません。
T:いや、さっきの「大数の法則」を利用すれば、求めることができるんだ。
S:そうか、実験してみれば良いんだ。
T:そう。でも1個ずつ投げるのは大変だから、新品の画鋲を10個投げた方が早いよ。
S:10回投げるのも10個投げるのも一緒ということですか。
  (実験)上を向く方が多いね。
T:これで画鋲が上を向く確率が求まったね。上を向く方に「ねうち」があるとすれば、1個の画鋲に0、54の「ねうち」があるということです。
S:画鋲が上を向いていようが下を向いていようがどちらでもいいやん。
T:このように何回もやってみて求める確率を統計的確率といいます。さて問題。では画鋲を100個ばらまいたら、何個ぐらい上を向いているだろうか。
S:わかった。54個ぐらいだ。
T:どうして?
S:100×0.54だから・・・。

6、0.48が女で0.52が男の赤ちゃんbaby.gif (2132 バイト)

T:男の子が生まれる確率は?
S:男か女しかないから確率は1/2です。
T:普通はそう思うよね。ところがこの確率は1/2にはならないんだ。教科書を見て。
S:あれ、男の方が沢山生まれている。しかも、だいたい一定だ。
S:なんで?
T:これは原因がわかっていない。わかったらノーベル賞がもらえるかも。
S:これは男があまるということじゃん。
T:ここで、この確率を利用して右の絵のような52%が男で48%の赤ちゃんを考えます。
S:こんな赤ちゃんなんていないよ。
T:人類をまとめて考えるように、生まれてくる赤ちゃんをまとめて一人の赤ちゃんと考えるんだ。この赤ちゃんは成長するにしたがって、パーセントが変化する。どっちが増えると思う?
S:女が増えるんじゃないかな。
S:女の人がどんどん生まれるの?
S:男が死んで減っていくんだ。
T:そうなんです。男は女よりも弱いらしい。それで男の割合がだんだん減っていって、やがて55才ぐらいで逆転するんですよ。
S:そう言えば、女の人の方が平均寿命は長いよな。
S:ここでも「ねうち」を考えると、男と女にはどちらに「ねうち」があるの?
T:みんなはどう考える? ・ ・ ・ 

回り道の法則→標本調査→黄金虫アリの巣→奈良時代の人口→成績を分ける

7、まとめ

 ここでは、確率を価値(利益)が1のときの期待値ととらえています。『確率×利益(ねうち)=期待値(効用)』ですから、利益を1とすると、確率=期待値となります。なぜこのような確率の定義をしたのかというと、数学の中に価値を入れたかったからです。
 パスカルは確率論に期待値を持ちこみました。期待値で重要なのは価値(利益)です。つまり、パスカルの功績は確率に価値がある・ないを持ち込んだことにあるのです。
 「でたらめの中に法則を見つけるのが確率論」といわれます。それは科学的な見方ですが、その考えでは生徒たちは「学び」の主体にはならないように感じます。
 先の定義のように、ものごとに価値を付けると、人間の決断や行動に影響を与えます。確率論を意思決定の数学ととらえ、学習者を行為選択の主体とする数学を目指してみました。

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